三ツ谷謡村句碑


三ツ谷謡村句碑

建立年月日  1977(昭和52)年9月25日
所在地  水天宮境内
交通  小樽駅から徒歩15分
碑文
柳絮(りゅうじょ)とび/我が街に/夏/来たりけり
三ツ谷謡村(みつやようそん)
1904(明治37)年12月4日~1978(昭和53)年10月14日

 謡村は本名弘郷(ひろさと)。勇払郡に生まれ、札幌北海中学校を卒業後、早稲田大学等に学ぶ。病気のため大学を中退し帰道後小樽市に移住。この頃から俳句を手掛け、1933(昭和8)年に「ホトトギス」に初入選。1938(昭和13)年の小樽玉藻句会を設立、また北海俳句会(後の小樽ホトトギス会)の主宰を引き継いだ。戦後まもなく結成された小樽俳句連盟の理事に就任。また同年から俳誌「緋蕪」(ひかぶ)の編集、発行の任にあたり、昭和27年からは自ら選者となった。1974(昭和49)年には小樽市教育文化功労賞を受賞。また小樽市文化団体協議会会長を長年務めた。
 句碑は小樽ホトトギス会、小樽緋蕪会の人々を中心に句碑建立期成会が組織され、建立された。碑句は第二句集「啓蟄」に収められたもので、字体は謡村自身の揮毫。


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